日本の有権者の質は世界最低クラスなのか?

なんだかそうとしか読めません。だとしたら残念な話なので、皆さんもそう思われるかどうか、ということと、たまたま米大統領選がらみの「ニュース報道と世論調査」を先週末にアップしたばかりなので、NBonline、「伊東乾の常識の源流探訪」の最新エントリー「崖っぷちの広告代理店ポリティックス」を紹介します。

筆者は小泉政権期に内閣府の仕事にコミットしていたとか。その経験からか「小泉内閣は、政府が正面から、変化する情報環境の渦中にあって『使える媒体は何でも使う』メディア横断型の広告代理店手法を全面的に採用し始めた、日本の最初の内閣と言うことができます」と書いています。

なるほど。たしかに当時はやり手の飯島秘書官がスポーツ紙や女性週刊誌にまで目配りして小泉さんの露出を演出しているという話がよくメディアにも紹介されましたっけ。(いまもググればいくらでも出てきます。まあ、小話的なことばかりですけど) そして「郵政民営化選挙」で小泉自民党が大勝したのも事実。しかし、だからといって先の文章のすぐあとに「ここで民主主義の大原則、最も尊重されるべき『世論』や『「民意』形成自体が、メディア誘導が可能である事実を、もっとストレートに認識すべきではないか?」と続くのはどうでしょうね。

つまり、メディア露出が直線的に世論や民意形成につながるという推論は勝手ですが、その露出の量と質を吟味した上でのことかどうかです。

そしてタイトルに関わる部分はこうです。「決定的な要因がもう1つ存在します。情報の受け手の『リテラシー』」の問題ですが、日本ではイマひとつ国民にピンとこない問題です。多民族、多言語混 在社会では『識字』としての『リテラシー』と社会の安定性が直結しているので、わが身に降りかかる危険の問題として、多くの人が高い意識を持っています」と指摘します。

「日本ではイマひとつ国民にピンとこない問題」と抽象的に述べて、他国では「多くの人が高い意識を持っています」と断定する。すごいなあ東大の先生は。そして、

これを政治家が絶対に口にしない表現で考えるなら『有権者の質』の問題と言うことができます」と続けば、情報リテラシーに疎い日本人は世界有数の質の低い有権者としか読めない、というのは私の情報リテラシーの低さゆえではないのです。だって、最後の方で

端的に言えば(デモクラシーの古い訳語でもある)『衆愚制』によって、(かつて多くの国がたどったように)日本という国自身が転落してゆくことを懸念します」とあるのですから。

続きは次回に(計量政治学などにも素人の私ですが)データに沿って考えたいと思います」とあるので有意義な「データ」の提示を大いに期待しましょう。

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